2025-07-27#短編小説

通り道 6

重たい扉を開けると、鈴が転がるように鳴る。煙草混じりの冷たい空気が鼻の奥まで届く。店の照明は暗く、奥から笑い声が聞こえてくる。

「いらっしゃい」

カウンターから人の声がする。見た目からは、年齢も性別もわからない。

「あんた、今日は二人も連れてるのね」

「たまにはね」

伯母は眉を上げて肩をすくめる。

「そちらの新顔は?」その人が僕を見る。

「えーと、社長の身内で。まあ、ママに紹介するには若すぎるかな」

青年が言いながら、照れくさそうに笑う。

「こっち、お座んなさいな」

僕たちは並んで腰を下ろす。背筋のあたりから、ゆるやかな音楽が染み込んでくる。

「大人びた顔してるけど、お酒はダメね?」、ママと呼ばれた人が言う。

「15歳なんです」と僕は答える。

「まあ、場に酔ってもらいましょ」

ママは笑って僕のグラスに氷を入れ、ジンジャーエールを出してくれる。伯母にはカクテル、青年にはビールが出される。

照明はさらに落ち、店全体が暗みを増す。青年はジョッキを空け、二杯目を頼む。

会話はゆるやかに流れていく。グラスの氷が静かに沈んでいく。

「そういえば」青年が思い出したようにつぶやく。

「あのプログラム、誰が書いたんすか?」

伯母は、ほんのわずかに目を細める。「古い知り合いよ」とだけ言う。

「ずっと使ってるって、なかなか変わってるよなあ」。

彼は笑って言うが、ほとんど目は開いていない。

「誰かの言葉を、そのまま残しておくって、変かしら」

「それって、恋よ」カウンターの奥でママが軽やかに言う。冗談とも真剣ともつかない響きがある。

伯母は、静かにグラスを口元に運ぶ。「そういうものかもね」

青年は三杯目を飲み干し、カウンターに置く。

「ちゃんと見つけて、残してくれる人がいるってのは救いっすよね」。

彼は身体を傾ける。やがて深く息をつき、眠りに落ちる。

「この子もたまにはいいこと言うじゃない」とママが言う。

「でも、しがみついてちゃダメね。記憶とひとつになれたら、進むべきよ」

青年の寝息が、静かな店内に溶けていく。ママは氷を取りに奥へ引っ込む。

伯母はグラスを手にしたまま、少しだけ僕の方を向く。

「今日はありがとね。この子にも感謝しないと」。青年を見て言う。僕は何も言わずにうなずく。

伯母はグラスを見つめながら、続ける。

僕はカウンターの木目を見ている。

「これからどうするの?」と伯母は続ける。

「迷っています」と僕は返す。

「お母さんと同じね。何かが通ってないと、進めない」伯母はやさしく僕の目を見て言う。

「何を引き受けるべきか、探すのもいいんじゃない。それが何年かかったとしても」

視界の端で、掛け時計の秒針が静かに進んでいる。グラスの氷が溶けて、水面が少し上がる。僕はそのまま目を閉じる。



夏木 絃

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