2025-07-27#短編小説

通り道 4

プログラムを読み始めてから数時間が経つ。そこにあるコードは、僕の知るどの言語とも違っていた。インターネットで調べると、古い言語らしい。情報はほとんど見つからない。

変数に似た名前のような断片、制御構文らしき記述、条件の分岐。見覚えのある形式のなかに、見たことのない法則が潜んでいる。

それでもコードが整っていることだけは、はっきりとわかった。読む人をむかえ入れようとする気配がある。ただ、その入り口までが遠い。

僕は一階に降り、麦茶のおかわりをグラスに注ぐ。流しのボウルに水を張り、氷をそこに入れる。

二階に戻って荷物からタオルを出し、氷水につけて絞る。それを首に巻く。冷たさが体に広がり、頭の中が澄んでくる。

僕は姿勢を正して目を閉じ、深呼吸をする。再び目を開けてコードに向かう。

書き手の思考をトレースし、太い流れに身を預ける。頭からお腹に重心を落とし、言わんとすることを身体でつかむ。

深くコードのなかに潜っていく。次第にコードと自分との境がなくなっていく。目を閉じてしばらくすると、ある身体感覚がよみがえる。

***

まだ小さかった頃、祖父と一緒に海へ行ったことがあった。波は穏やかで、底まで見通せるほど透きとおっていた。祖父は潜り方を教えてくれた。

僕は大きなゴーグルをつけ、素足で海に入る。息を深く吸い、逆さになって水中へ向かう。吐く息は小さくとどめる。

あるとき魚の群れを見つけたくて、いつもより深く潜った。岩肌をつかんで勢いをつけ、下へと向った。水深が増すと胸がきしんだ。水の冷たさが皮膚を越えて骨に届いた。

いつもは届かない場所に両足をつけた。戻りの息を思えば限界は近い。それでも僕はその場に留まり、あたりを見渡した。息をさらに絞り、水底で時間を稼いだ。

そのときだった。ある角度から光が差し、水中がふいにひらけた。まぶしい光のなかで、魚の群れが渦を巻いていた。

あたりは無音で、時間がゆっくりと流れていた。光と水と魚、自分の身体、すべてがつながっていた。浮上しなければ危ういと知りながら、その景色から目を離せなかった。

古い感覚を身にまとい、再びコードに潜る。記述されたものを何度も読む。頭が空っぽになるまで読む。自分がコードそのものになってしまうまで読む。

細部をとっかかりにして深く潜る。探索する場を変えてさらに潜る。コードの底に身を据えて、何かが来るのを信じて待つ。

しばらくすると、無数の断片に橋がかかったようにひとつの像が結ばれる。その像が光を放ち、見えなかったところが有機的に繋がってくる。

部分から全体が、全体から部分が開けてくる。「見えた」という感覚が身体に残る。

青年の言っていた「詰まり」は、おそらくここにある。誰かが修正を加えたような跡がいくつもある。そこだけ水準の低い書き方がなされている。

できるだけ元の構造を壊さず、小さな手直しで道を正す。全体と部分の繋がりを見て、ほかの箇所も調整する。

必要なところは、自分なりの解釈で新たな構成で書く。細部の書き込みを何度もやる。そして最後にテストを走らせる。結果は、通った。

***

手を止めた瞬間、あたりは暗くなっている。思ったより長くコードに向かっていたらしい。完了したと一報を入れ、パソコンを閉じる。

僕はぬるくなったタオルをボウルに入れる。ほっとため息をつく。しばらくぼんやりし、プログラムの手触りを反芻する。

意識が戻ってきたとき、ひとつの疑問が浮かぶ。

なぜ、あのような古い言語が、今も使われているのだろう。

それは数十年も前に廃れた言語だった。今の時代に使われるには古すぎる。

僕は一階に降り、グラスとボウルを洗う。タオルは絞ってかけておく。そしてキッチンテーブルに腰を下ろす。

壁の方に目をやると、会計帳簿と新聞が積まれている。帳簿は伯母の会社のものらしい。二、三年分が重ねてある。

その脇に一本の万年筆が置いてある。手に取ってみると、既視感のようなものがよぎる。自宅の書棚に置いてある、母の万年筆と同じ型だ。

それは祖父の万年筆だった。



夏木 絃

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